映画を字幕なしで見たいから英語を勉強する、と言う話はよく聞く。そして、それは、グッドアイディアだと私は思う。日本語の字幕を頼りに映画を見ることに何の問題もないが、その言語がわかると、入ってくる情報量が違うし、細かいニュアンスもより感じ取れる。今回のドキュメタリーフィルムフェスで、英語以外のフィルムは、英語の字幕と共に見る事になるが、字幕に対する理解がなく、質の悪い字幕で、フィルムの内容がよく理解できない、と言うのもあった。これでは本末転倒だ。
毎年楽しみにしている「ReFrame 」は、質の良いドキュメンタリーフィルムを提供するフィルムフェスティバルで、毎年1月最後の週末に開催される。今年から料金が大幅に上がったが、それでも他のフィルムフェスティバルに比べると手頃な価格だから、より多くの人がフィルムを通して世界を見る事が出来る。そして、何より、地元で行われるのが素晴らしい。今年見た映画は、3日間で12本。
石油や天然ガスを摘出するため、企業が大西洋海底掘削を繰り返す際の公害被害や、海洋生物へ及ぼす危害と、乱獲を描いた、Atrantic に、全ての行程により、資本家が労働者を搾取する形で成り立っている貨物輸送船業界を見せつける、Freightened-The real price of shipping。欧米人の無知と先入観によりカナダの極北に住む、Inuit の生活を脅かす、Angry Inuk など、映画漬けになった週末の3日間を思うと、数々のフィルムが頭に浮かんでくる。
その中で、私の今年のイチオシは、中国人女性、Nanfu Wang が監督した、Hooligan Sparrow。これは、現在、アメリカ在住の彼女のデビュー作。フィルムは、2015年、中国で小学校校長が数人の女学生に対して起こした強姦事件を軸に、フィルムのタイトルにもなっている、アクティビスト、Hooligan Sparrow、本名 Ye Haiyan、38歳 の日々を見つめる。
監督もさることながら、私は、このYe Haiyan にすっかり魅了された。中国は、あらゆる表現、思想、情報への検閲が厳しく、その中で、アクティビストとして、声を上げるのは至難の業である。しかし、Haiyan は、声なき人のために立ち上がり、声高々に叫ぶ。正真正銘、無私無欲、体を張って生きている。
校長が起こした強姦事件は、当初、地方政府の計らいで、責任の所在が有耶無耶になろうとしていた。そこへ、Haiyan を含む5人の女性アクティビスト達が現地へ出向き、問題の学校前で、プラカードを掲げ、声を上げた。中国での人ごみの撮影は厳禁なので、この場面は、監督のゲリラ撮影が敢行され、映画の中に収められている。
中国のインターネット状況は、他国とは違い大手サーチエンジンのGoogleや、ソーシャルネットワーク、Facebook、twitter は使えない、しかし、それぞれの中国版があって、Ye Haiyan の存在自体と、彼女の活動は、そこで多くの人に注目されている。中国人アーティスト、Ai Wai Wai も彼女の支持者の1人だ。
結果、上記の校長による少女強姦事件は、彼女たちのインターネット上も含めた首尾一貫した活動により、人々の注目を集め、校長の逮捕に至った。政府からのいやがらせ、違法な留置に耐え、活動を続けた Haiyan とその他のアクティビスト達の尽力なしでは、被害者に正義は訪れなかった、とかなりの確率で言える。
本来、彼女は、中国の売春婦の人権を擁護すべく活動している。映画鑑賞後、ネットで調べ、読んだ彼女のインタビューは、Haiyan の人間味にあふれた言葉でいっぱいだった。20代前半で結婚、女子を出産するが、ほどなく離婚。1人で子を育てながら、様々な職に付く。その中の一つ、カラオケバーの雇われ店長をやっていた時、隣のマッサージパーラーで働く女性たちと出会う。中国のマッサージパーラーでは、売春サービスを提供する所が少なくないらしい。
Haiyan は、マッサージパーラーで働く、田舎から街へ移り住んだ若い女性たちと親しくなり、彼女たちの過去、劣悪な労働環境、性病についての知識が皆無である点などを知り、彼女たちのために立ち上がる。売春婦救済センターなるものを立ち上げ、無料でコンドームを配布したり、過酷な日々を過ごす彼女たちに寄り添ったり、性教育をしたり、と所謂、草の根活動を開始した。しかし、活動が大きくなると、地方政府との軋轢が生じ、ある夜、センターは、何者かによって破壊される。警察へ届け出るが、被害届は受理されず、その後、立ち退きを言い渡されたもした。
Haiyan に関する舌を巻くエピソードの1つに、彼女自身が売春婦を経験すると言うのがある。場所は、貧しい移民労働者がセックスを求めやって来る売春宿。料金は、US$1.50 ~2.00 とすでに破格だが、彼女は、無料でセックスを提供すると言う。目論みは、もちろん、これをニュースにして、多くの人に売春婦の存在と、彼女たちの現実を知ってもらう、と言うもので、インターネット上でその通りになった。
この時、実際に4人の客を取ったと彼女はインタビューで告白している。その中の1人は、18歳の童貞の男。彼女は、男がコンドームを付けるのを手伝ってやり、自分と売春婦の両方を守る為、いかにコンドームを使用する事が重要かを男に説いた。そして、30代の男には、帰り際、「女性にこんなに優しくされたのは、生まれた初めてだ」と言われたとある。安い料金で体を売る事のみが生きる道の女も辛いが、危険な炭鉱で、身を粉にして働くが低賃金しか手にしない男性移民労働者も辛い。
私利私欲がまかり通る時代に、彼女は、全てを正しい目で見て判断し、慈愛の心で人に接し、あらゆる問題に愛で応えようとする。私が彼女に猛烈に魅かれるのはきっとそのせいだ。映画中、彼女と娘がじゃれる場面が多々あり、見ていると、Haiyan の娘に対する深い愛情が伝わってくる。娘は、映画の中で13~14歳くらいだったろうか、母親と母親の活動をよく理解していた。中国政府の絶対権力に屈せず、己の信じた、正しい道を、弱者とともに生きる、少々太めのHaiyan の笑いのセンスは抜群で、清々しいまでに辛辣。茨の道をゆく彼女や、世界中で迫害されながら生きる多くの人にとって、笑いは人生の必要不可欠なエッセンスだよね。
楽しいモノも、もちろんあるが、たいていのドキュメンタリーフィルムのサブジェクトは、戦争、内戦、無秩序、事件、搾取、詭謀など、切なさや悲しさがテーマになる事が多く、フィルムフェスティバルが終わる頃には、例年、精神的にクタクタになる。しかし、グルグルまわる頭の中の現実を何日もかけて消化し、いつも思うのは、知る、と言う事は、力になる。
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